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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)475号 判決

控訴人 株式会社光映プロダクシヨン

右訴訟代理人弁護士 渡辺良夫

右訴訟復代理人弁護士 南元昭雄

被控訴人 藤川年

主文

一、原判決中、控訴人の被控訴人に対する請求を棄却した部分を取消す。

二、被控訴人は、控訴人に対し、金二百拾五万円及びこれに対する昭和四拾壱年拾月参拾壱日から完済に至る迄の年五分の割合による金員を支払え。

三、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

四、この判決は仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は主文第一項乃至第三項と同旨の判決を求め、被控訴人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実に関する陳述及び証拠の提出、援用、認否は、以下のとおり付加するほかは原判決の事実摘示及び証拠目録記載(但し、控訴会社と被控訴人に関する部分)と同一である。

控訴代理人において、

被控訴人は、青少年教育福祉協会の業務の遂行につき必要な一切の行為をなす権限を訴外(第一審被告)片庭壬子夫に付与したものであって、右片庭は本件係争の映画の製作に関する契約についても、同協会、即ち、被控訴人を代理すべき権限を有していたものである。仮に片庭に右契約を締結すべき代理権がなかったとしても、被控訴人は、片庭に対し、同協会の常務理事たる肩書きの使用を許容し、同協会の為に事務所の賃借、職員の雇入及び職員に対する給料の支払等、同協会の業務遂行上必要な行為をなす権限を与えていたものであり、控訴会社は片庭に本件契約締結の代理権があるものと信じていたものである。更に被控訴人は、同協会の発行する会報中において、片庭が同協会の常務理事であることを公に明かにしているほか、片庭及びその他の同協会の職員を通じ、片庭に同協会の業務の遂行上必要な行為をなす権限を与えた旨を第三者に対して表示していた。従って、片庭が同協会の代理人として、控訴会社と締結した本件契約から生ずる債務について、被控訴人は民法第一一〇条または第一〇九条の規定により、その責に任ずべきものである。

と陳述し、当審証人片庭壬子夫の証言及び当審における控訴会社代表者尋問の結果を援用した。

被控訴人において、

控訴人の右主張はすべてこれを争う。被控訴人は青少年教育福祉協会の会長となることを承諾した事実はなく、ただ訴外片庭壬子夫より同協会の業務について協力方の依頼を受けたことはあるが、右依頼もこれを拒絶したものである。

と陳述し、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用した。

理由

原審における被告片庭壬子夫本人尋問の結果により被控訴人の記名押印部分は右片庭壬子夫が作成したものであり、その余の部分は真正に成立したと認められる甲第一号証及び同本人尋問の結果により真正に成立したと認められる同第五号証、同本人尋問の結果、当審証人片庭壬子夫の証言並びに原審及び当審における控訴会社代表者尋問の結果によれば、控訴会社は、昭和四〇年一二月一八日頃青少年教育福祉協会の常務理事を名乗る訴外(第一審被告)片庭壬子夫と、同協会を注文者、控訴会社を請負人とし、教育映画「郷土の誇り」(九州編)を代金二五〇万円をもって製作する旨の請負契約を締結し、その後右代金の額を二六〇万円に変更し、昭和四一年三月一四日頃右映画を完成して、片庭にこれを引渡したことを認めることができる。

そこで、被控訴人が控訴会社に対し、右請負契約上の代金支払義務を負うべきものであるか否かについて検討する。

〈証拠〉によれば、およそ以下の事実を認めることができる。

(イ)青少年教育福祉協会は、前記片庭壬子夫が昭和三八年頃身体障害青少年及び母子家庭等の不遇な家庭の子弟の教育及び福祉事業を行うことを目的として創設し、将来は法人組織とすることを計画していたものであるが、法人設立の手続をする以前において、片庭が東京都千代田区神田三崎町に事務所を設置し、事務員一名を雇い、同協会の会員の募集、会報の発行、事業の企画及び資金の調達などを行っていたが、いずれも見るべき成果がなく、昭和四一年六月頃経営に破綻を来し、法人設立の手続をするまでに至らなかったことはもとより、協会としての活動そのものを停止したものである。

(ロ)  同協会には、定款または寄附行為などの設立の基本となるべき規則は作成されていなかったが、同協会が発足した当時、訴外安岡富吉が理事長、同松前重義が会長にそれぞれ就任した。しかし、いずれも名目だけであって、同協会の対内的及び対外的事務の処理はすべて片庭がこれを処理していたものであり、昭和四〇年春頃には右安岡及び松前がいずれも辞任し、その頃被控訴人が片庭に依頼されて同協会の会長(理事長と称したこともある)になることを承諾したが、これも名目だけで、被控訴人は同協会の事業に実質的に関与することはなく、同協会の事務は引続き片庭がこれを専行処理しており、被控訴人もこのことを承知していた。

(ハ)片庭は、昭和四〇年秋頃、同協会の運営資金の調達の手段として、教育映画の製作を企画し、同年一二月一八日頃、前記のとおり同協会名義をもって控訴会社と本件映画製作に関する請負契約を締結したが、右契約締結に至るまでの過程において、控訴会社代表者である高木一臣に対して、被控訴人を同協会理事長として表示した同協会の会報(甲第一〇、一一号証)を渡すなどして同協会の代表者は被控訴人であると説明し、また、契約書(甲第一号証)の作成に当っては、その末尾に、同協会の理事長として被控訴人の氏名を、専務理事として自己の氏名を併記し、各名下に被控訴人及び自己の印章を押捺した。このような事情から、控訴会社は、被控訴人が同協会の代表者であり、片庭は被控訴人に代って協会のために契約締結の権限を有するものと信じて右契約を締結した。

(ニ)被控訴人は、片庭より、同協会名義で教育映画を製作するとの企画については説明を受けていたが、同協会の運営をすべて片庭に委せており、殊に片庭との間において、同協会の経理上の責任は片庭にあり、被控訴人には迷惑をかけないとの約束(乙第一号証)があったので、控訴会社との間の契約の内容及び請負代金の調達方法についても特別の関心を払うことなく、片庭より具体的な説明を受けることもしなかった。しかしながら、被控訴人は、右映画に挿入すべき同協会会長名義の挨拶文の文案(甲第八号証)を自ら作成し、また右映画の製作及び宣伝の便宜をはかるため、自己の友人である熊本市長に宛てた紹介状(甲第一二号証)を片庭に交付するなど、片庭の右映画製作の企画に協力した。

およそ以上の事実を認めることができる。原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は前掲の各証拠に照してにわかに措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

以上認定の事実によれば、被控訴人は、たとえ名目だけにせよ、片庭に対し青少年教育福祉協会会長または理事長となることを承諾し、かつ片庭に同協会の事業の運営を一任していたものというべく、被控訴人を同協会の代表者と信じた第三者に対しては、民法中の表見代理に関する規定及び商法第二三条の規定の趣旨に照し、表見代表者としての責任を免れないものと解するのが相当であり、しかも、被控訴人は、片庭が企画した本件教育映画製作の企画に賛成し、同協会の代表者名義で挨拶文の文案を作成するなどしてこれに協力していたのであるから、片庭が同協会の常務理事として控訴会社と締結した本件契約を片庭の無権代理行為による無効なものということはできず、被控訴人を同協会の代表者と信じて右契約を締結した控訴会社に対し、同協会の表見代表者としての責任を負うべきものといわなければならない。而して、同協会は法人格を有しないのみならず、専ら片庭の個人的活動に頼っていたものであって、権利能力なき社団または財団としての実態を備えていたものとは認められないから、本件契約に基く代金支払義務については、被控訴人が同協会の表見代表者として履行の責任を負うものといわなければならない。被控訴人が片庭より本件契約の具体的内容について説明を受けていなかったこと及び被控訴人が片庭との間において同協会の経理上の責任を負わない旨を約していたことによって、善意の第三者である控訴会社に対し、前記表見代表者としての責任を免れ得るものと解することはできず、他に以上の認定、判断を覆すに足りる資料はない。

以上の次第で、控訴会社の予備的請求原因について判断するまでもなく、控訴会社の被控訴人に対する本件契約に基く代金二六〇万円の範囲内の金二一五万円及びこれに対する本件訴状が被控訴人に送達された日の翌日であることが記録上明かな昭和四一年一〇月三一日から完済に至る迄の民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める控訴会社の請求は正当であるからこれを認容すべきものである。よって、原判決中控訴会社の被控訴人に対する請求を棄却した部分は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定により原判決を取消し、控訴会社の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条及び第八九条の規定を、仮執行の宣言につき同法第一九六条の規定を各適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 平賀健太 裁判官 安達昌彦 後藤文彦)

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